こんにちは。たなかあきらです。カズオ・イシグロの「忘れられた巨人」を読み、ある読書会に参加しました。
多くの方からは、難解でよくわからないという意見が出ていました。
「特に時代背景が分からないし、登場人物のつながりとかもぴんと来ない。もし歴史をしっていたら、もっと楽に読めて楽しめたんじゃないかな」
僕にとって、この物語はドツボですらすら読めました。時代背景や歴史はよく知っており、もう一つのブログで多くの記事を書いていました。
なので、僕が読んだ感想や、思ったことを物語にしてみました。なお歴史上の事実や伝説が含まれていますが、たなかあきらの創作が中心ですので、ストーリーとして読んでいただければと思います。
「忘れた巨人」を読んで、あまりピンとこなかった人に読んでいただき、参考になるようでしたら嬉しく思います。
「忘れられた巨人」と忘れられない巨人
「ガウェインさん、あの頃がなつかしいよ。あれはいつの日じゃったかのう」
「アクスルさん、ワシは今から30年ほど前の戦いのことが、なつかしく思うんじゃ。今は亡きアーサー王と共に戦い、サクソン軍に圧勝したよなあ」
遠くを眺めていたアクスルの表情はぱっと明るくなり、ガウェインの方を向きなおした。
「そう、そう、ガウェインさん。ワシもその戦いの事を言いたかったんじゃ。あの戦いの後、我がブリトン軍はサクソン軍を平定して、ブリタニアに平和をもたらしたんじゃよ。誉れ高き円卓の騎士達の活躍、それに都キャメロット。世の中も皆も輝いていた」
アクスルとガウェインは、昔を懐かしみながらも、深くため息をついてしずかに目を伏せた。それは5世紀の終わりごろの、伝説の戦いの事を思い出していた。アーサー王と円卓の騎士たちは、アングロ・サクソン人との戦いに明け暮れていた。12の戦いに連続勝利し、最後のバドン山の戦いでアーサー王は聖剣エクスカリバーを引き抜き、940人とも960人とも言われるサクソン人を倒し大勝利を得て、戦いに終止符を打ったのであった。
「平和が続いていたのに、「忘れられた巨人」が動こうとしているのか。アーサー王の様な心強い巨人が、復活してくれると、有難いんじゃが」
「土か。この土から戦いが、始まったのかも知れぬなあ。あれは遠い昔、アーサー王が生まれる前の事と聞いておる」
「ほう、アクセルさん、どんな話かな、土と言うのは」
アクセルは、物語を語るようにゆっくりと話し始めた。
「当時は、我らブリトン人の首長はヴォーティガンという人物じゃった。ヴォーティガン王は私欲を肥やし世は乱れていたんじゃ。そこに目をつけたのが、大陸に住んでいたサクソン人の奴等じゃ。サクソン人はヴォーティガンの傭兵として雇われ、ブリトン人の為に働いていた。
しかし、徐々に数を増やしていき、ある時ヴォーティガンを裏切ったんじゃ。我らブリタニアの土を奪おうと、攻撃を仕掛けてきた。そこから、ブリトン人とサクソン人の戦いが始まったんじゃよ。戦い慣れたサクソンに、ヴォーティガンは為す術なく、ケントの地を明け渡したんじゃ。それに、巨大竜の伝説もあったんじゃ」
「巨大竜の伝説?」
「そうじゃ」
「それが「忘れられた巨人」とつながるのかい?まさかマーリンの伝説の事かい、アクセルさん」
アクセルはとても懐かしそうな表情をした。マーリンとは親しい間柄にあったのだろうか、有名なマーリンの事ならワシは何でも知っているぞという知識を見せびらかしたいような、そんな雰囲気さえも感じられた。
「そうじゃよ。「忘れられた巨人」ではないが、ワシらを守ってくれているかも知れない、赤い竜の伝説じゃ。ヴォーティガン王は、サクソンの攻撃に備えるためだけでなく、国内の反抗勢力も抑えようと、巨大な要塞を建てようとしたんじゃ」
「でも、何度建ようとしても要塞は、直ぐに崩れてしまったんじゃったな。おかしいな、何が原因だろうか?と、ヴォーティガンはマーリンに調べさせたんじゃ。マーリンが、「そこの土の中を掘ってごらん」と言ったので、人夫が傭兵の地下を掘ったところ、赤竜と白竜が戦っていたんじゃ」
「そして、マーリンは皆に言ったんじゃ。「赤竜は私たちブリトン人で、白竜はサクソン人を指しているんだよ。白竜が優勢だねえ」」
ここで、アクセルの話が急に止まった。このまま話を続けていくのが、恐かったのかも知れない。いや、マーリンを非難するような言葉になってしまうことを恐れたのかもしれない。やがてサクソン人の時代が訪れる事を、マーリンは予言したのだった。
しばらくの沈黙が続いた後、ガウェインは口を開いた。
「迫り来るサクソン人を食い止めた英雄がいたことをお忘れか?アクセルさん」
「そうじゃな、ガウェインさん。ひと時かも知れぬがの」
再び、二人はアーサー王と共に、バドン山の戦いをなつかしみ始めた。
「アーサー王、懐かしのアーサー王。サクソン人を追い払い、ブリトン人の勢いを取り戻したい、と言う我らブリトン人の願いを叶えてくださった。アーサー王と共にバドン山の戦いでサクソン人をコテンパにやっつけた」
ガウェインの閉じた目には、聖剣エクスカリバーを振りかざし、押し寄せるサクソン人をバタバタ倒していく姿が映し出されていた。その周りには、円卓の騎士達も戦っている。円卓の騎士の1人であるガウェインも、必死に戦っていた。
「ブリトン人の社会が戻ったんじゃ。マーリンが言う、ブリトン人の赤竜がサクソン人の白竜に勝ったんじゃよ。マーリンの予言は違ったんじゃないかね。「忘れられた巨人」とはアーサー王のことで、再びワシらの前に現れてくれるんじゃないかね」
「ガウェインさん」
アクセルは、再び深いため息をついた。じっと、ガウェインの目を見つめた。
「確かにアーサー王は強かった。サクソン人を壊滅させた。そして、敗れたサクソン人達をとむらい、残った人々もブリトン人と一緒に暮らせる様に、取りはからった。しかしじゃ、大量殺りくされ地を奪い返された恨みは、簡単に払拭は出来ぬもんじゃ代々、復讐の心は受け継がれるのじゃ」
「アーサー王はサクソン人の復讐の心を忘れさせようとしたが、永遠には出来なかったのじゃ。マーリンの仕業であろう、生き延びた巨大な赤竜の息に魔法をかけ、霧を発生させたのじゃ。その霧に包まれた者は、過去の記憶を忘れる、そうじゃ、サクソン人のブリトン人やアーサー王に対する復讐心も忘れていったのじゃ」
次第にガウェインの表情が厳しくなってきた。アクセルという人物、何か怪しい。怪しいというか、詳しすぎる。なぜ、ここまでアーサー王や円卓の騎士たちの事を知っているのだろうか。アクセルという名前、どうしても思い出すことができない。誰かの名前を変えているのではないか。
「アクセルさん、あんた一体何もんじゃ。円卓の騎士にもアクセルと言う人物はいなかったはずじゃ。それなのに、アーサー王と円卓の騎士についてヤケに詳しいのう。そろそろ、話してくれたらどうじゃ」
アクセルは、ガウェインの正面を向き、うなずいた。これまでの表情からガラリと変わり、目にはチカラが出て高い気品を感じさせるほどだった。
「ガウェイン卿。実は、ワシは黄泉の国アヴァロンから、舟に乗って戻ってきたのじゃ。前世では、ワシは若かった。良かれと思い、ブリトン人を守るため時代を変えるために疾走し、多くの人を傷つけてしまった。多くのサクソン人を戦いで殺し、妻には振り向くことをしなかった」
「おかげで、多くのサクソン人から復讐心が生まれ、妻の心はワシから離れ他の男のもとへ行ったのじゃ。疾走していた頃は、ワシのやっている事は正義で、なぜ分からないのか、と腹を立てたもんじゃ」
「だが、ワシの寿命が尽き始めた時に、ようやく分かったのじゃ。復讐からは復讐しか生まれない、理解しようとしなければ理解もされないとな。アヴァロンに流されて、ワシは前世の生き方を後悔したよ」
天を仰ぐように話すアクセルを、ガウェインは引き込まれる様に見つめていた。ガウェインの表情が明らかに変わり始め、叫んだ。
「まさか、まさか。まさかと思うが、アクセルさんはアーサー王なんじゃないかね? あなたがアーサー王なのじゃ!「忘れられた巨人」なのじゃな?」
ガウェインは目を輝かせ、アクセルに詰め寄った。懐かしのアーサー王。モルドレッドとの死闘の末、アヴァロンへ流されたアーサー王。アーサー王が再びこの世に戻ってこられたのか?
「アーサー王!」
ガウェインは叫んだ。
「ガウェインさん」
アクセルはぴたりと動きをとめて、しばらく考えていた。そして、ようやく口を開けた。
「ガウェインさん、そうじゃないよ。ワシの前世は確かにアーサー王じゃが、今はアクセルじゃ。さっきまでずっと一緒に旅をしていたのはベアトリスで、前世はアーサー王の妻、グィネヴィアじゃよ。ワシには夢ができた。復讐が生まれない所に行きたい、そして妻と仲良く暮らしたいとな。そうしたら、今世に老人の姿で戻って来たのじゃ」
「じゃあ、アクセルさん。あなたがアーサー王の代わりに、「忘れられた巨人アーサー王」を皆に思い出させ、復讐が生まれない場所を作るために、戻って来られたのか」
「それはよく分からんな。ワシがなぜ、今世に戻りガウェインさんと話をしているか、よく分からんのじゃよ。でも、これだけは分かる事がある」
「それはどんな事じゃ、アクセルさん」
「もう手遅れなんじゃ」
「もう手遅れなんじゃよ。マーリンの魔法が切れたようじゃよ。ブリトン人を守り続けた、赤竜の霧の魔法が切れ、人々は全ての記憶を思い出したんじゃ。サクソン人達はブリトン人への復讐心を思い出し、既に攻撃を始めているこれだろう。ワシもまた記憶が戻り、アヴァロンへ帰る頃になったようじゃ。妻とひと時ではあるが、過去を忘れ仲良く旅ができたのは幸せだった。この夢は叶ったよ。ありがとう」
「アクセルさん、じゃあ「忘れられた巨人」とは、アーサー王じゃないとおっしゃるのかね」
「ガウェインさん、アーサー王は赤い竜と共に、どんどん「忘れられていく巨人」じゃ。逆に白い竜と共に思い出していくのが、サクソン人の復讐と言う「忘れられた巨人」じゃよ」
「さらばじゃ、ガウェインさん。妻はもう先に行ってしまった。ワシにもアヴァロンから迎えが来たようじゃ。さらばじゃ。ありがとう」
遠くからは、地が響くような音が微かに聞こえ、土煙が舞い上がるようなモヤが見え始めた。うぐっ、サクソンか。
ガウェインは舟に横たわり、流されて行くアクセルを見ながら呟いた。
「アクセルさん、ワシャそうは思わんな。アーサー王はブリトン人にとって永遠の英雄なんじゃ。ブリトン人のピンチになった時にきっと復活し、救世主としてワシらを助けに来てくれるはずじゃ。ワシらは信じておる。いつの時も、いつの時代も」
「アーサー王は「忘れられない巨人」じゃよ」
最後まで読んでくださり有難うございました。
※アーサー王や関わる人々に関する参考記事
※この記事に赤竜と白竜に関する伝説を書いています
※アングロサクソンが領土を広げていく様子や時代背景が分かります