「いかん、チャイムに間に合わぬ、もっと急がねば・・・いくぞ、マックススピード!!」
若い頃の僕にとって、腕時計は必需品だった。中学も高校は学校のチャイムに間に合わせるため、大学や社会人の時は通学・出勤時の電車に乗り遅れないため、いつもギリギリになり猛ダッシュしていた。滑り込みぎりぎりセーフで間に合わせる時間管理に、腕時計は無くてはならない存在であった。
しかし、20年くらいに前に、僕は腕時計とオサラバしたのだ。滑り込みギリギリの時間管理ではいつもセーフになるとは限らない。このため、僕が大いに反省し心を入れ替えて、時間に余裕を持って動けるようなった訳ではない。
当時はガラケーの携帯が普及し始めていた時代で、僕も時代の波に逆らうことはできずガラケーを持つようになった。同時に、長年愛用しt北腕時計も、このガラケー携帯に時間管理の座を奪われてしまったのである。つまり腕時計は、僕の左腕にとって単なるファッションになってしまった。いえ、ファッションになるのだろうか?
僕の腕時計はファッションには程遠い、時刻を確認するだけのダサい、超安物腕時計。そんな腕時計はもはや、単なる重りにしかならず、日常的に身につけている理由が全くなくなった。腕時計は、机の中にぽいっと入れられ、急速にその存在を忘れられていったのである。
今の時代、周りの人を見渡すと、多くの人が常にスマホの画面に釘付けとなっている。スマホ画面には時刻表示が出ている。当然のことかも知れないが、多くの人が僕と同じ様に腕時計とオサラバしているように思う。
これでいいのかも知れない。
よくないのかも知れない。
人それぞれで良いと思う。
もし、腕時計をまたするなら、ファッションとしてになるけど、どんな時計を求めるだろうか?
子供の頃を思い出してみた。僕は大きなノッポの古時計が好きだった。振り子が左右に触れたアンティークな感じと、ボーンボーンと響きのある音に憧れた。家には、電子音ではあったけれど姿も柱時計に似た感じの時計が壁にかけられていた。
柱時計の様な腕時計はないだろうか? やっぱり木製がいい。
柱時計をイメージできるような腕時計なら身につけたい。
そう思って探してみた。あったあった。
うぐっ、結構高い。とても素晴らしいと思うが、今の僕には高すぎて買えない。このブログで書いている、ウェールズ歴史のストーリーが漫画化かゲーム化され、大ヒットせねばなるまい。よし、頑張って歴史ストーリーを書くしかないな。
もっとお手頃な腕時計はないだろうか?
探し回ったところ、めちゃめちゃ「木!」の腕時計を発見した。思わず買ってしまった。どうでしょう?
新たな腕時計との人生スタートである。
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