鈍感な男
鈍い顔、心、頭
彼は様々な点で、鈍感になっていった。
彼は生まれつき、鈍い顔だった。目鼻立ちがはっきりしているわけでもなく、美男でもない。どこにでも居そうな、ごく有りふれた印象に残らない顔だった。
彼は、子供のころに、鈍い心になった。父親の転勤が多かったため、転校が多かった。転校先にはなかなか馴染めず、一人ぽつんとすることが多かった。
「何をいい子ぶってるんだ?」
「こいつ、バカだぞ」
イジメられる事も、しばしばあり、何を言われても、受け流すようになった。
大人になっても、心はますます鈍くなっていた。
「お前、本当に面白くない奴だな。お前と友達になる奴もいるんだな。驚きだよ」
「へへへっ」
失礼な事を言われても、笑って返すだけだった。
彼は頭も鈍くなった。
人の話を聞いていても、すぐには理解できない。皆が笑っていても、なぜ笑っているのか分からない、しばらく考えて面白さを見つけ、人々の笑いが収まってから、クククッ、と心の中で笑うのである。1テンポ遅れる。
心が鈍くても、たまには怒る時もある。最初は、へへへっ、と笑っているが、よくよく考えていると、ムカムカと怒りが心頭してくるのである。
「テメエ、もう一度言ってみろ。ぶん殴ってやる」
しかし、鈍すぎるのである。怒りに達した時には、既に相手は去っていた。誰もいない虚空に向かって、こぶしを上げているのである。
顔、心、頭も鈍くなった。
僕はもっと鈍くなってしまうのだろうか?
更なるすごい鈍さ
彼に、更なる鈍さが襲ってきた。鈍い彼は、その新たな鈍さにさえ、なかなか気がつかなかった。
季節は今、秋も深まる11月中旬。朝晩は冷え込み、街を行き交う人々も、口々に、ううっ寒っ、とダウンジャケットやコートを着こんで、冬支度を整えていた。
人々の姿を見て彼はようやく気がついた。
あっ、もうこんな季節になっていたんだ。まだ、夏かと感じていた。
彼はティーシャツ一枚で、街を歩いていたのだ。長袖を着ているものの、腕まくりをして、真夏の格好と大差は無かった。皆が寒さに肩をすぼめる中、彼は背中と額に汗を流していたのである。
彼は体も鈍くなっていたのだ。
彼はおかしいのだろうか。とうとう病気になったのだろうか?
彼はニヤリと笑った。
「効果バツグンだぜ」
鈍くなった体に、ちょっと得意になっていたのだ。
彼自身の予想をはるかに超えた、代謝と血行を得ていたのだった。
半年以上前、彼の体はガタガタになっていた。仕事もプライベートもパソコンの前に座っているだけの生活。
既に、痛みにも鈍くなっていた彼は、身体中の激しいコリと血行不良に気がついていなかった。気がついた時には、体が動かなくなり、呼吸すら困難になっていた。
「こんな体じゃ、命を縮めますよ。運動しなさい」
「はあ」
整体師にこう、宣告された彼は、相変わらず鈍い反応であったが、しぶしぶ彼の重い腰があがった。
一度行動に移してしまうと、彼の鈍さは功を奏した。動き出すと、鈍さが故に、止まらずやり続けたのである。
ストレッチと腕立て伏せ、腹筋を開始し、毎日やった。水泳を始め、毎週末プールに通った。電車はあまり使わず、街を歩き回り、階段も駆け上がった。
春が去り、夏が来て、秋が深まり、季節が変わっても、鈍感な彼の生活は変わらなかった。いつも汗をかくようになり、彼の服装は薄着のまま変わらなかった。
冬装束の人々を見て、汗を流しながら鈍い彼はようやく気がついたのである。
あっ、もうこんな季節になっていたんだ。まだ、夏かと感じていた。
彼はニヤリと笑った。
なるほど、運動の効果がバツグンだぜ。こんなに、代謝があがり、血行が良くなっているとは思わなかった。どうりで、最近、肩も腰も軽くなっている気がするわけだ。
鈍い彼は、鈍くなった体で、健康になりつつあったのだ。
終わり
最後まで読んでくださり有難うございました。