モーニングの風景
おはようございます。たなかあきらです。
「あきらってさ、朝ごはんはパン派 、ご飯派?」
「朝ごはん?ん、そうですね。僕は朝ごはんを食べないから、どちらでもないですね。敢えて言うなら、コーヒー派かな。今の朝はコーヒーだけですよ」
「ああそうか。いつから、コーヒー派なんだい?まさか、産まれてからずっと朝ごはんを食べなかったわけじゃないでしょ」
たなかは、ゆで卵をテーブルの角でコンコンと叩きながら、顔を上げた。
「そうですね。朝ごはんを食べなくなったのは社会人になってからです。夜飲む事が多かったり、朝食べると胃の調子が悪くなったりしたので、朝は食べないようになったのです。もちろん、子供の頃は食べてましたよ。戦場のようでしたけどね」
あきらは、カップをゆっくり持ち上げ、そっと一口コーヒーを飲んだ。
「いつも、家を出るギリギリまで寝ていたんで、起きてから家を出るまでは、ドタバタの戦場でしたね。着替えに歯磨き、更に授業の準備まで朝にやってました。その合間を縫って、朝ごはんを押し込んでいましたね」
「押し込んでた?」
たなかは下を向きながらゆで卵の殻を向き始めた。
「ええ。朝ごはんはパンと牛乳だったんだけど、今、思い出すと、行儀は悪かったですよ。パンを口に押し込み、モグモグしながらカバンに必要なものを詰め込んで、さらに牛乳で流し込んでましたね」
「へぇ、あきらさんが、そんなんだったとは、想像できないなあ。親は怒ったでしょう」
「当然ですよ。毎日怒られてましたね。何でもっと早く起きないのか。何でもっと早く寝ないのか。何で夜に準備しておかないのか。何で、何でってね」
「まあ、どの家でも、親の口癖は同じだなあ」
「とくに母親はそうでしたね。父親は隣でだまって、味噌汁をすすってましたわ」
「家庭内でパン派とご飯派に分かれてたのかい。連帯感ないなあ」
「とにかく、早く食べないといけないので、父親に合わせてなんかいられませんでしたよ。さらに早く食べれる工夫をすることも、ありましたよ。牛乳はぬる目に温めて、パンを牛乳に付けてふやかしてたんです。こうすると、丸のみできますしね。もう、なんと言うか、味って食べるレベルじゃあ無かったですね。とにかく、短時間で腹に入れて、昼まで持たせる。今の、ウィダーインゼリーみたいに便利なものや、カロリーメイトすらなかったからね」
「へぇ〜」
たなかは、照明でつるりと光っている、殻をむきたてのゆで卵に見入っていた。
「これが楽しいんだよなあ。どれだけ早く、しかも綺麗につるんと剥けるか、挑戦なんだ。たまに、全然うまく向けない時があって、殻に白身がひっついて、ゆで卵がボコボコになる時あるよね。めちゃ腹立つでしょう。なんだこのゆで方は!ってね。今日は、うまく綺麗にできただろう。気分いいなあ」
「お待ちどうさま」
店員が、たなかが注文したモーニングのトーストを持ってきた。焼き上がりの香ばしさが漂ってくる。素早くたなかはトーストにバターをぬった。バターはあっと言う間に溶けてパンに染み込んだ。
たなかは、ツルツルのたまごに、塩をチョンチョンと付けた。
「うっ、うめえ〜。あきらさんよ、やっぱりサテンのモーニングには、ゆで卵とトーストは欠かせないよな。定番だ。うめっ」
たなかが美味そうに食べるのをじっと見ながら、あきらは、コーヒーをゆっくりと味った。
ゆったりと朝を平和に楽しむのはいい。毎日が、こんなモーニングなら嬉しい。昔は、本当に戦場だったな。
「店員さん、店員さん」
「はい、今行きます」
「ええっと、ホットミルクの追加をお願いします。ぬる目にお願いしますね」
「はい。少々お待ちください」
たまには、コーヒー派を休んで、昔を懐かしみながら、ゆっくりとモーニングを楽しむのも良いだろう。あきらは、今日はそう思った。
たなかあきら
最後まで読んでくださり有難うございました。